プロフィール

堤 周徳(むかし理事長)

Author:堤 周徳(むかし理事長)
お世話になりました。


FC2カウンター


カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

最近のコメント


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

予習

大老井伊直弼は
幕末の国難から日本を命がけで開国へと導いた賢明な政治家として
または独断専行での条約調印 安政の大獄にみられる独裁者としての評価
茶人としての側面など
日本史上これほど相反する しかも時代とともに評価が変化してきた人物はいないなどと
言われておるようでございます
明治時代には国賊扱いされ 旧の彦根藩関係者が直弼の大老政治について口にすることはタブー視された面もあったそうですが
今現在でも新たな著書が発見されたりと
調査 分析が進められております

それらを良いも悪いも判断てもちろんできるものではないですけど
本日はJC話題もないし ちょっと予習

直弼シリーズ第1弾 生まれた編
1815年に第14代藩主・井伊直中の第14男として生まれる 
庶子(跡継ぎの権利が無いということかな)として 
少年時代を槻御殿(直中の住まい 今の玄宮園のはた)で暮らし
17~32歳までの間を 自らを花の咲くことのない埋もれ木にたとえ
埋木舎と名付けた尾末町の屋敷で埋もれ木のように暮らしていきながらも
厳しい修養生活に入っていった 
儒学、国学、禅、居合、茶の湯、和歌、能楽、兵学、弓術他多数の修養に没頭し 
居合では新心流の極意を発明 また茶の湯一会集に見られる近代的精神性もこの頃培われたと考えられており 現存する書物にも 和歌 俳諧 狂歌などの作品を多数遺している
多種多芸に秀で 何事も極めるところまで達しようとする
世間にでることはなくとも自己実現を果たそうとひたむきに生きようとする姿勢が伺いしれますね
この頃のあだ名が例の「ちゃかぽん」

庶子から世継編へ続く・・・かな?
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://hikonejc55.blog69.fc2.com/tb.php/20-5f857c66


Powered by FC2 Blog
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。